広島比治山陸軍墓地について

当墓地は、明治5年に大本営が広島に置かれたと時を同じくして、陸軍墓地も設置されました。萩や秋月の乱、西南戦争、日清・日露戦役、義和団の乱、シベリア出兵、ノモンハン事件、日独戦役、大東亜戦争など、幾多の戦争で傷つき病に倒れた兵士を夫々の戦地から宇品に送り返して、陸軍病院に収容し、看病の甲斐もなく亡くなられた戦没者を葬っている聖地です。
比治山陸軍墓地は、明治4年に日本で最初に設置された大阪の真田山陸軍墓地に次いで、全国で2番目に古く、墓参道の両側には戦没者の出身県ごとに墓石を配列。沖縄を除く全国46都道府県出身の戦没兵士の遺骨が埋葬されています。しかも、戦没兵士の墓は故郷にはなく、此の比治山の陸軍墓地だけにある、戦没者にとっては唯一の安住の聖地でもあるのです。

この墓地の維持管理を、昭和52年から平成13年の20有余年もの間、朝夕、一年365日にわたり一日も欠かさず、墓守りと鎮魂の奉仕作業を続けらてこられた一人の老人の存在を忘れることはできません。
市内在住の町工場の社長で、お名前を飛子大郎さんという方ですが、毎朝、明け方近くの4時過ぎにはご自分で車を運転してお山に来られ、6時頃まで供水・供花、清掃作業に精を出されて帰宅されます。朝食が済めば、8時過ぎには飛子製作所の社長としてのお仕事に就かれるのですが、得意先を飛び回られだけでなく、その合間には、幾つかの福祉関係のお世話や護国神社などあちこちをまるでスーパーマンの如で奔走。そして夕方になると、再び、墓地に来られて供水の後片付けや清掃などを済まされてのご帰宅になるのです。しかも、週に3度は飛子氏の奉仕の精神に共鳴された花卸の社長のところへ行かれ、車一杯に供花用の花を貰い受け、墓地に戻ってお花を長テーブルに並べて、一本一本を丁寧に茎や葉っぱを整え、各墓石の前に供花していかれるのです。
本来でしたら、管理義務のある広島市当局が保全をするべきなのですが、平和の原点であるヒロシマが、往時、軍都として栄えたことを恥とする感があるように見受けられます。また、一部の圧力にも抗しきれずに、なるべくなら比治山陸軍墓地のことには触れて欲しくない態度でもあることに、私としては墓地奉賛協力会の一人として大変に残念に思っております。

数年前のことですが、産経新聞でかわいがっていただいた先輩(産経退職後
に時事評論家として活躍)に久し振りの手紙を差し上げ、墓地の現状にも一寸触れておいたところ、広島市当局の墓地に対する対応に相当お怒りになられ、すぐ、東京から駆けつけてこられたのです。まさか、手紙一本で多忙な時間を割いて会いに来られるとは夢にも思いませんでしたので、10有余年ぶりの再会に感涙したほどです。早速、墓地の置かれている現状をお話し、飛子大郎氏を紹介し、3人で広島市に乗り込んだのでした。墓地を管理する担当課長は、最初はデカイ態度で応対しておりましたが、目の前で政府要人に次々と電話されたので、課長や職員も青くなり手のひらを返すように平身低頭の対応になったのでした。これにより、墓地の維持管理に何とか予算を組むように努力するとの約束を取り付けることが出来たのですが、結局、実ることはありませんでした。そこで、半年後だったと思いますが、広島市長宛てにワープロで10ページにもわたる意見書を作成して資料も添えて郵送したのですが、2ヶ月近く経過して、市の企画広報課より「善処します」との文書が自宅に届いたのですが、市に対しての要望や意見に対して、予め作成されている回答書をコピーしたものでした。それも、1頁の半分という短い文書で、市長のサインがしてあるものですが、いろいろな市民からの要望や意見に対してすべてその文書で済ましているようで、市長のサイン入りといってもコピーですから、呆れるやら情けないやらで当分の間、憤りを禁じ得ませんでした。仕方がないので、今度は直接、東京の厚生省の担当部局に電話をしたところ、「厚生省としては、千鳥が淵墓苑の管理のみをしており、地方の旧軍墓地については一切関知していない。そんなことは地方自治体の方へ云え!」との返事で、何をしてもムダであることを思い知らされたのです。
墓地の維持管理に要する経費は何処からも出ておらず、広島市としては僅かに電気代と水道代ぐらいを負担している程度。ですから墓地や礼拝堂などの修繕や修理は、飛子大郎氏が自腹を切ってやってこられたという次第です。
私としては、ある日突然、赤紙が舞い込み、愛する家族と引き離されて、遠く異国の戦地に赴いて、武運拙く戦没された兵士のことを想うとき、国民はもとより、国も県も市も祖国のために散華されたこれら無数の、夥しい戦没者の犠牲の上に、戦後60年近くも平和を享受できていることを忘れないでいただきたいのです。全国に散在している旧軍墓地の多くは、管理者もなく荒廃していたり風化しつつある現状を一人でも多くの方にご理解いただき、墓地の存在と存続意義を国や自治体に訴えていくのが、私に課せられた使命であると痛感しております。


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